MISAは何故・・・

2015年8月 1日 (土)

初めて挫折というものを味わったところに決着をつけにきました

実は私、ミラノに来る前の1989年にペスカーラという街に留学しておりました。

ただ、ここではひどい人種差別といやがらせに会い、帰国後1週間で8キロ痩せるということを経験しており、まさにわたしにとって初めての挫折であり、唯一歌が歌えなくなった時期でもあります。
でも、そんな私を支えてくれたのは、やはり母で、なんとか歌が歌えるように回復しましたが、それまで勉強していたクラッシック音楽(主にオペラ)に終止符を打ちました。
母は当時私にオペラ歌手になってもらいたかったようですが、私はもともと合唱から始まっていたので歌に未練はありましたが、オペラにあったわけではなかった。
とにかく歌が歌えるという幸せは、クラッシックでないといけなかったわけではないので、今のようなジャンルの歌を歌っているのです。
さて、その留学から26年。
街は大きく変わっていて、私の記憶に残っている風景は全くなし。せいぜい駅ぐらいでしょうか?
それでも、駅の周りもかなり変わっていました。
当時、市内観光もしなかったので、とりあえず、ペスカーラ出身者として一番有名な小説家ダヌンツィオの生家へ。
Casa_di_danunzio
中へ入ってみると、
Cortile
裕福な家庭であったことがうかがえます。
Vusto_di_dannunzio
こちらが、彼の手形とデスマスク。
彼の亡くなった日は、偶然にも3月1日。私の誕生日と同じ日でした。
その後、彼が軍人、司令官だったころ、まるで英雄であったかのような写真や遺品が飾られていましたが、私にとっては戦争から生まれた英雄?などないので、この先はほぼ素通り。
でも、やはり彼も人の子。
Tomba
母親のためのお墓をペスカーラの大聖堂内に作ったそうです。
さて、この街にきた大きな理由は私をこの場所に連れてきた人に会うため。
どんな理由があるにしろ、今私がミラノにいるのは、この人無くしてはなかったことで、自分にしっかりケリをつけたいと思ったのです。
とりあえず、会うのは明日。
今日は気分良く、ちょっと贅沢なホテルで心を癒したいと思います。

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2015年7月27日 (月)

本日、新車を取りに行って、何とか無事に帰ってまいりました〜

今まで乗っていたトヨタ車を下取りに出して、今回初めてフランス車を購入。

今朝から、保険屋さんに行って 手続きをし、いよいよ車の交換です。
姉にも言われたのですが、買う前に試乗していないので、なんだか無事に家に帰れるかふあん〜
何ですか?
このやたらと多い押しボタンたちは!!!
今の車って、鍵をさすところもないんですよ。
そう。
すでに、皆さんご存知のように、私は無謀です!
自分を追い詰めて、前に進むタイプです!
そのようなことから、この車も試験勉強に身が入らない私に喝を入れるため、いきなりオーダーしたのです。
あれから3ヶ月。
おかげさまで試験に合格し、仕事も増え、万博のおかげで収入も増え、車の頭金も払い、保険のために3年間ではありますが、わずかなローンが残るのみ。
Nuova_macchina
この車、もし盗難にあっても、すぐどこにあるか分かるようになっているのだとか!
「あれ、CDはどこから入れるの?」
と聞いたら、
「 もう4年前からうちはCDはなくて、全部USBで、音楽を聴くのですよ。」
インターネットにも繋げがりますとか、I phoneと接続して、連絡先まで入るなんて、いつの間に、世の中はこんなに進化したんでしょう???
私は、全く時代に着いていけてないと思いました〜
クリーピング現象がほとんどないオートマ車。
あんなに得意だった縦列駐車に今、戸惑いを感じています。
これって、日本車じゃないからですか???

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2012年11月12日 (月)

クラシックバレエのレッスンを初めて見せてもらいました。

実は私、小学校2年生の時初めてミュージカルを見て、

将来、歌って踊れるミュージカルスターshineになりたいと思っていました。
そこで母に、『クラッシックバレエを習いたい』と言ってみたのですが、
当時の私は、既に歌のレッスン以外、週一回のピアノのレッスン。
時々歌のレコーディングやTV、ラジオ出演などもあったため、
「まだ小さいし、学校との両立も大変なときにバレエも習う事は無理よ。
中学になったら、落ち着くだろうから、それまで待ちなさい。」と言われました。
そして、中学入学式当日、母に、
『中学生になったから、バレエ習わしてくれるんだよね。』
と聞いてみたら、
「バレエは今から始めたのでは、もう遅いわよ!」
・・・と、そんなわけで、それからの私は、
歌って踊れる。ではなく、歌しか歌えない人。になってしまったのでしたdespair
あっ、でも今は曲や詩を書いて歌うMISAになんとかなりましたがscissors
さて、本題です。
先週、突然家に電話がありまして、通訳の仕事を依頼されました。
それは、石川県にあるバレエ教室の生徒さんがMilano City Ballet Schoolに
レッスンを受けに来るので、その時の通訳をしてほしいという事でした。
イタリアではバレエ用語は殆どフランス語。
ちょっと不安だった私は、このお話を引き受ける前に、
ミラノの学校へtelephone問い合わせ、
何とか自分でも出来そうだと思えたので、
最終的に、引き受けさせて頂きました。
何しろ、バレエはスカラ座で、
「くるみ割り人形」や「白鳥の湖」など見に行ったことはありますが、
レッスン風景は、初めてだったので、
今日の日が本当に楽しみでしたheart04
そして、日本からの生徒さんを見て、最初に思ったのが、
まあ、なんて礼儀正しい、しつけの行き届いたお嬢さんたち!
14歳から23歳までの本当に可愛らしい女の子たちでした。
レッスンのあとに、彼女たちの演目を二つ見させてもらいましたが、
少し涙ぐんでしまいました。
それは、西洋のクラッシックバレエの中に和を取り入れた演目で、
音楽といい、動きといい、日本の情景が浮かび上がってくる
素晴らしいものだったのです!!!
4時間という短い時間でしたが、最後にお別れする前に、
感動を与えてくれたこと、
彼女たちと出会えて今日私が色々学び、いい経験が出来た事、
そのお礼がどうしても言いたくて5分ぐらいお時間を頂きました。
そして、今、彼女たちは
ミラノ日本祭いしかわ2012
のイベントで舞台に上がっている頃でしょう。
この間来た私の姪が14人集まった感じでした。
本当に良い子たち。
一緒に来られていたお母さんたちも素敵な方達でしたし、
スクールの先生も素晴らしい。
やっぱり、クラッシックバレエの世界は
私がずっと描いていた夢のような空間でした!

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2012年2月12日 (日)

ホイットニー・ヒューストンがいたから、今の私がある。

今朝のニュース、ホイットニーの死は私にとってかなり衝撃的でした。

今も彼女の曲を聴きながらこの記事を書いています。

時々涙がボロボロこぼれます。

ホイットニー・ヒューストンは私の大好きなシンガーの一人で、

彼女が来日したとき、武道館のコンサートにも行きました。

グランド・ピアノ一つで次々と一つの音程もはずすことなく、

歌い上げていく彼女には、他のアーティストと違った

真のシンガーとしての実力をまじまじと見せて頂いた気がします。

モデルをきっかけにイタリアの芸能界でお仕事を始めましたが、

やっぱり歌の仕事をしたかった私は、

当時イタリアで売っていた彼女のカラオケCDを

何枚も買って家で練習していました。

皆さんもご存知の通り、

私には彼女のような声量があるわけではありません。

ただ、彼女の歌を歌うには、ある程度の技術が必要で

それを歌うことができれば、注目を浴びれると信じていました。

当時、テレビの番組で私にくるオーディションは、

セクシーな服を着て、踊りが踊れる人を探しているようなバラエティばかり。

「踊りは踊れないけれど、歌は歌える。」と言っては

イタリアでも人気の映画「ボディー・ガード」のテーマ曲

「Always Love You」をアカペラで歌っていました。

当然、踊りのほうは散々なのでcoldsweats01

オーディションには殆ど落ちちゃうんですが、

(歌の仕事もたまに入りましたが)

その様子をテレビ局の音楽事業部のトップがたまたま見ていたんですね。

そのあとは、noteMISA CODEnoteのプロフィールに書いてあるとおりです。

ホイットニー・ヒューストン

彼女もモデルから、歌手、女優と活躍していくわけで

私も、それだけ若かったのか?

恥知らずだったのか?

所詮外国人がやっているという開き直りか?

彼女に少しでも近づけたら・・・と頑張れたものです。

私には足元にも及ばないどころか、かすりもしませんが、

「えっ、ホイットニーの歌が歌えるの?」

「聴いてみたい。」

といった感じで要求されていない歌を毎回最後まで、

当時のスタッフが聴いてくれたのは

イタリア人のノリの良さが大きな助けになっていたのは間違いないですが、

彼女のネームバリューと才能、楽曲がなくては、

・・・と思っています。

とにかく、

彼女のおかげで、歌手としてお仕事がもらえるようになったのは事実で、

ホイットニーと「BANZAI」はこのようにつながったのでした。

また私たちは素晴らしい偉大なアーティストを一人失ってしまったのですね。

ご冥福を心からお祈りします。

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2009年6月10日 (水)

私が本名を明かさなくなった理由

イタリアのモデル事務所に行くと沢山のコンポジットが飾ってあって、そこに必ず名前が大きく載っています。たいていの人は芸名を使いませんから、普通に「MISA」という名前で私も仕事を始めました。本名は請求書を書くとき以外、必要ありませんでしたから、表に出るということはまずありません。

テレビ業界で仕事するようになってからは、必ず契約書に本名や住所などが書かれます。特に問題もなく普通にサインpencilをしていました。ただテレビは必ずテロップというのが出ます。

面白いのがこのテロップ。時間が押している生番組とかになるとやたらと早く進み、全く読めません。でも、大切なのは読んでもらうことより、テロップを出したという事実です。これがイタリアなのですsign01

ある時このテロップが私に災いをもたらしました。'94年[Italiani nel Mondo]という番組に出演したときの事です。初めてのレギュラー番組(録画)で、毎週2時間半近くもあり、オープニング、エンディング以外にも話をしたり、歌ったりと結構出番も多く私の中でも思い出深い番組です。番組中では司会者も私を「MISA」と呼んでいましたし、私も普通に答えていました。ただ3週目の放送が終わったときぐらいから、うちに変態電話telephone(死語だったら失礼coldsweats01)が頻繁にかかるようになったのです(それも一人だけではない)。一人暮らしでしたから本当に気持ちが悪く、怖くなりました。局の人に相談したら、「SIP(当時私が引いていたイタリア電話局)に、直ぐ連絡をして、電話番号を変えて、PRIVATO(プライベート扱い)にしてもらいなさい。」と言われました。そうすると電話帳にも載らないし、12(日本の104番のようなもの)でも、番号は教えられないからと。

電話帳には氏名さえ分かればその人の電話番号も住所も分かるわけですから、はっきり言ってdangerdangerdanger一人暮らしの女性には恐ろしい話です。 テロップには堂々と私の本名が、それも録画なので、きちんと編集され、毎回ゆっくりエンディングに流れていたのです。私も、「あっ本名が出ている。」と第1回の放送を見たとき、認識したほどです。さて、私の名字は当然ながら、ミラノには一人しかおりませんでした。電話帳で探すなんて簡単なことです。

番号を変えてもらい、PRIVATOにするには、悪用されないため警察の被害届を持っていかないと受け付けてくれませんし、当時200,000リラもしました。(物価から考えると当時の2万円ぐらい)、ただ局の人は親切にお金のかからない方法を教えてくれました。有名人ならではの特権というものを。私は、そこまで有名ではなかったですが、お陰様で無償で手続きを済ますことが出来ました。

そンな事があってから、私は本名を明かすことをやめたわけです。イタリアではシンガーソングライターになるにはイタリア著作権協会の試験にパスしないといけません。そしてペンネームを使うには正式なレターが必要になります。(それを提出しなければ無条件に本名で登録される)そんなわけで、作詞家、作曲家の私は「MISCRIMA」なのです。

スポーツ新聞で「謎の歌手MISAが・・・」なんて記事が以前出ましたけど、別に私は謎めきたいため?に格好つけているわけではなく、外国で一人暮らしをするため、自分の身を守るためにしたことが始まりです。

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2009年5月23日 (土)

イタリアに来てから私が執着しているもの

はっきり言って私の足は大きいです。

そのため、いつも靴選びには苦労させられました。私が通った高校は当時、制服だけではなく、靴下も靴も指定。その靴にはご丁寧に学校名の頭文字Mのマークshineが付いておりました。その時既に24.5cmがギリギリの状態で、まだまだ伸び続ける足のせいで、だんだんきつくなり、途中から自前の靴で通っていました。(校則違反だったかもしれませんけど・・・)

メーカーの大きいサイズの所に行っても、何となくオバンくさい(死語だったら失礼coldsweats01)デザインなので、結局、24.5cmでも少し大きめに作ってあるものを探し、足の指が曲がった状態で履いていることも多かったのです。背が高いことや大足であったことを恥ずかしいというか、あまり好ましく思っていなかったのは事実です。恋に夢見る年頃heart04で、何かそれだけで可愛い女の子になれないような、好きな人が自分より背が低かったら、好きになってもらえないのではと思ってしまったのです。confident 

実はnoteSO SO~恋のゴールデン☆ゴール~の歌詞って、何気にこの頃の自分を重ねているんですよ。

さて、私の足はどうしてこんなに大きいのか?これはどうやら日本人にしては少し人より足の指が長いのが原因のようです。(私が見たところ西洋人は足の指が長い人が多いです。)サンダルやゴム草履を履いても、指が靴からはみ出してしまうのです。母も足が大きいので遺伝からきているのは間違いないのですが。

さてここイタリアには、私の求めるサイズが普通に売っています。それも一番揃っている大きさ。欲しい靴が買えなかった反動でしょうか?ついつい買ってしまう靴。別にコレクションしているわけではないのですが、今年に入って長靴を立て続けに2足も買ってしまい、雨靴だけで5足もあるといった状態です。きっと例年にない4月の長雨を一番喜んでいたのは、この私でしょう。買って良かったsmileという気持ちと、花粉がおさまるという喜びhappy01。 そしてその長雨が終わったと思ったら、毎日30度を超える真夏のような暑さ。予報では日曜日まで続くとか・・・でもこれも又喜び。私の一番お気に入りの靴が履ける季節になりましたから。

今日は、その一番のお気に入りをお見せします。それがこれ

Sand2

2年前の夏にうちの近くで買ったんですけど、ヒールの部分が素敵でしょう?木製で柄が浮き彫りになっているんです。イタリア製ですが有名ブランドではないのと、バーゲンが重なって、なんと1万円以下で買いました。本革でこの値段は安いでしょう?

高いヒールの靴を抵抗なく買うようになったのも、反動かな?

今は、足が大きいことも、背が高いことも恥ずかしいどころか、これで良かったと思っています。この身体を支えるにはある程度、足も大きくないと転びやすくなりますから・・・

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2009年3月31日 (火)

何故、IDカードがないと困るのか?皆さんは自分をどう証明しますか? 

日本で自分shadowを証明するときに、皆さんは何を提示しますか?学生証?免許証?パスポート?これらを持っていない人は、保険証?でも写真がないですよね。

イタリアでは、身分証明書の提示を求められることが非常に多いです。例えば、ホテルに泊まるとき日本はあまり聞かれませんが、イタリアでは、イタリア人も提示します。ですからIDカードはあると財布にも収まるし、とても便利です。でもそれがなくても、他に自分を証明するものさえあれば、なくてもあまり問題にならなかったりもします。

ただ、私の場合はIDカードがないと困る事が仕事上あるのです。なにしろ私は色々なことをするので、個人事務所を持つという労働許可証になっていて、この個人事務所(税務番号付き)発行の請求書を作成し、それを元に支払われます。ただ映画movieやドラマtvの仕事になると、支払いの段階で、Busta paga(本来は給料袋という意味ですが、給料制という形で支払われるということです。)にして欲しいと言われることがあるのです。それには必ず職安で発行されたCollocamento Teatrale(職業演劇という証明書)とIDカードの提示が求められます。どうして通常の請求書だと都合が悪いかというと、演劇の分野で仕事をする場合、ENPALSというものを支払う義務があるからです。(簡単に云えば芸能人のための年金制度のようなもの。)通常はINPSという年金を払うだけで良いんですけどねぇ。でもこのENPALS,昔は台帳bookがあって、そこに一々書き込んでもらっていましたが、今はコンピューター化pcされて、ありません。昔の方が面倒ではあったけど、いくら払ったか手元に記録があって安心だったわ。

実は先月、MASSIMO BOLDI(イタリア人のコメディ俳優)主演のドラマの出演依頼があったのに、このIDカードがないことで、受けることが出来ませんでした。正直言って、とっても悔しかったぁbearing。色々な事がコンピューター化したおかげで、本当に世の中便利になりましたけど、イタリアで生活していく上では、不便になったと感じることもあります。今回、それを痛切に感じました。例えば今まで彼らの人柄で、[本当だったら出来ないものも、何とかなった]というところがあるからです。そのshine柔軟性shineがイタリア生活を面白くしていると言っても良いくらい。

でもこのコンピューターのおかげで、日本にいる家族や友達と簡単に連絡が取れたり、こうやってブログも書けるんですから今の方が良いに決まってますけどねhappy01(前はホームページビルダーを使って、無理して4カ国語で作って大変だったわぁ。)

まあ、どちらにしろ一番悪いのは、IDカードを盗られてしまった私です。2009年もあっという間に3ヶ月過ぎてしまいましたが、気温の上昇upと共に、私の運も上昇upすることを祈ってsign01それにはまずこの花粉に打ち勝たなければ・・・

アンケート作ってみました。気軽にご参加下さい。

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