ポーランド旅行

2016年7月12日 (火)

ポーランドで気に入った料理の数々

一番美味しかったのはクラコフの中心部にある広場にあったやはりこのレストランで食べたこちら

見た目良し、味良し。


サーモンやアボカド、マグロ、パッションフルーツなど、期待通りです。


ロブスターは甘くて、身がしっかり詰まっていて、値段もイタリアや日本より断然安い!


お肉も負けじと美味しくて、ここが一番印象に残っていますが、
クラコフのホテルもバラエティに富んだ朝食







だけではなくランチも


風変わりな焼きうどんに魅了されました!

旅の締めくくりは街のレストランでサワースープにしたのですが


まだ飲んでいなかったウォッカと一緒に
ポーランドを満喫しました!
万博で初めて食べ大好きになったポーランド料理。
日本にその後すぐ帰ったので、スモークサラミやソーセージを持ち帰りましたが、ドイツに負けてない美味しさです。

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2016年7月10日 (日)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。後編



あまりに残酷過ぎる仕打ち。
このようなものを必要とする人たちからこれらを奪い、当然のように彼等の運命はその場で決まってしまったことが、現在の私たちにはわかってしまう…
涙が止まらなくなっただけではなく、更に追い打ちをかけるような部屋がありました。
撮影禁止でしたが、撮りたいとも思えない部屋。
それは彼等の毛髪の山です。
多少なりとも金髪が混じっていましたが、その利用法は
その先に大きなロールになって現れます。
何と人間の髪で作られた生地です。

こちらの写真は私が撮れる状況ではなかったので、日本語のパンフレットより撮影したものです。

外に出ると、銃殺された人たちが並ばされた塀や



焼却炉がありました。


事実として知っていても、自分の目で見て、ガイドさんの説明を聞いて、新たに多くの事を考えさせられました。
今回、私はイタリア語で説明を受けましたが、英語が読めない方は日本語のガイドさんの説明を聞いて回るか、ここにだけは日本語のパンフレットやガイドブックがおいてあるので、それを購入してから見学されることをお勧めします。
二度と起きてはいけない事ではありますが、これと同じように未だ基本的人権が守られていない国や地域があることが本当に残念でなりません。

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2016年7月 8日 (金)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。前編

私たちにとって、オシフィエンチムと言われてもピンと来ないかもしれませんが、ここが多くのユダヤ人、反政府人とみなされたポーランド人、同性愛者、ジプシーなど様々な人が虐殺された場所です。
アウシュビッツとはドイツ語でナチスが付けた名前とかで、現地の人にとってはオシフィエンチムが第2次世界大戦当時、一番残虐な行為が行なわれた場所で、その地区をこう呼ぶのだそうです。どうりで道路標識には出てきません。
ポーランド人はこの悲惨な出来事をあまり思い出したくないとかで、アウシュビッツという文字標識が現れるのも、民家を通り過ぎてからです。


この線路は私が住むミラノの中央駅にも繋がっていて8000人近くの人がここまで運ばれたと言われていますが、実際、こちらではdestination from Milanということは何処にも書かれていませんでした…

「働けば自由になる」で有名なこの入り口の文字も逆光だったので裏から撮りました。


ガス室に使われたガスがこのようなものだったとは、今の今まで知りませんでした。


証拠隠滅のため、様々なものを処分してからナチスも逃げたということですが、それでも使用済みの缶がこんなに


ここへ電車で到着し、すぐにシャワーを浴びてもらうから、荷物には無くならないよう名前を書いておけと安心させ…


持ち物で再利用できると残されたもの






ニベアクリームや、イタリアで全国展開している靴屋BATAのクリームもありました。
でも、涙が止まらなくなってしまったものがこのあと出てきます。
それは…

続く。

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2016年7月 6日 (水)

ヴィエリチカ岩塩坑はなるほど世界遺産!

クラコフからさほど遠くないところにこの塩坑があり、


中に入ってひたすら階段を下りるのですが、1600年代から約300年近く続いた世界で初めて登録された世界遺産の一つだそうです。
現在は、これ以上掘り続けると危険なため、私のような観光客や結婚式、パーティまで楽しめる場となっています。


このように以前はポーランド全体の3割を占める収益があったということで白い金とか言われていたこの場所も


塩で作った像で当時の様子を表現したりしています。



この写真は床をフラッシュ撮影したものですが、見えますか?
お塩ですょー
手で触って舐めて良いですよとガイドさんに言われたのですが、私はdown
みんな塩の味がするって言ってました!
って、当たり前か〜
圧巻だったのはこの部屋で


シャンデリアまで塩でできていて、
更に


最後の晩餐や


今やポーランドの英雄的存在のパオロ2世まで塩!


神秘的な湖ではショパンの別れの曲が流れ、


丸太がこんなに積まれた脚組みとかは壮大で、ここは断然おススメの世界遺産です❣️

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2016年7月 5日 (火)

クラコフ、二つの顔。(後編)

ナチスはユダヤ人が隔離しやすいところにゲットーを作りました。


これは戦前のクラコフ。
地図上でいう川の右上部分が選ばれたようです。
それは川があることによって逃げにくかったこと、反対側は丘なので監視しやすいことが好条件だった…
ちなみに左上部分にシンドラーの工場を作ったそうです。

これはゲットーの壁の一部。
お墓をイメージした作りで、何とも酷いお話。
ユダヤ人地区に当時あったシナゴーグは現在、本屋さんになっていましたが、


何故ナチスは壊さなかったのでしょう?
その答えは墓地に行って分かりました。


この墓地も破壊されず残っているのです。
この理由が凄い。


これを見ると分かりやすいかと思うのですが、ナチスはこれらをゴミだと思ったのだとか…
お墓には花を供える人にとって、石を供える習慣があるとは、思わなかったのですね。
その横にシナゴーグがあったので、見学させていただきました。
イスタンブールのモスクでは、靴を脱ぎショールを頭に巻きましたが、ここでは帽子をかぶっていない男性は
少年でもキッパを配られ、頭にかぶってから入ります。



中は全体的にこんな感じです。



以前はゲットーを、唯一通り抜ける路面電車に乗るポーランド人には見張りがいて、ここを通る間だけ窓の外を眺めることを禁じていたそうですが、



今ではダビデの星があちらこちらで輝いていました。





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2016年7月 4日 (月)

クラコフ、二つの顔。前編

クラコフの街は以前ポーランドの首都であり、旧市街は世界遺産ということでとにかく美しいです。


旧市街入り口にはかつて要塞だったであろうという大きな建物や


門をくぐるとこのような街並みが見え、
その先のメイン広場には教会が


門と言っても振り返ればそれは大そう美しく、



旧市街は四方八方緑に囲まれ、なるほど世界遺産という感じでした。

一方、ユダヤ人が多く住んでいた地区では、


市場も殺伐として、戦前の建物も


当時のまま。
このあたりは、スピルバーグの映画にそのまま使われ、
「シンドラーのリスト」に出てきた、後に殺害された赤いコートのユダヤ人少女は


映画の中でこの階段を上って行きました。
このユダヤ人地区に住んでいた人たちは、


この広場で選別され、


ゲットー(ユダヤ人を隔離する場所)に入れられ、働けるかどうか人々の運命が決まった場所で、




この薬局は現在ミュージアムになっていますが、ポーランド人経営でユダヤ人が唯一ゲットーの外とつながる術があった場所。
売れたのはほとんど子供に飲ませるための睡眠薬と髪染めだったとか、

白髪のある人は少しでも若く見せ、自分はまだまだ働けるのだとアピールするためだったそうです。

つづく

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2016年7月 2日 (土)

やっと出会えたチェチーリア・ガッレラーニ

ミラノのブレラ美術館にやってきたときは観ることができず、ここへは彼女に会いに来たようなものです。
いつも所蔵されている美術館が改装中のため、現在はお城の中にありました。


レオナルドはこの作品をミラノのスフォルツェスコ城内で描いたと言われているので、場所は違っても彼女とお城はよく似合う!


このお城の水はけはクラコフの象徴でもあるドラゴン。
そしてありましたミラノのVisconti-Sforzaの紋章が!


Bona Sforzaはここに嫁ぎ、その叔父が愛した女性がここにいるなんて、何という偶然!


そのチェチーリアはこの中にいます。


写真撮影は禁止なので


ポスターで失礼します。
「白テンを抱く婦人」と言っても彼女は確か17歳くらい。
彼女の服の柄はミラノ場内アッセの間と同じです!
いくら婦人のように着飾っても彼女の手の美しさは若さの象徴。
色々込みあげてくるものがありました!

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2016年7月 1日 (金)

クラコフのホテルは何ともハイテク!

ワルシャワは旧ソ連、
旧ドイツ下にあったチェンストホバ


にある(福音書を書いたルカが描いたと言われる聖母子が目的)
を経由して、オーストリア下にあったクラコフへやって来ました。
このように比べてみても、クラコフの人達が一番不安な生活を強いられずに済んだのではと思われるほど街並みが違います。
そんなことを思いながら、クラコフに着き、チェックインしてみると、
たまたまかも知れませんが、ホテルもこんなハイテクなのは初めてなのです。
鍵をかざさないとエレベーターのボタンが押せない!
部屋は全て左下に写っているタブレットで操作!


ブラインドも


テレビは44インチが寝室とソファの前と2台あり、


部屋の中の灯りも明るさだけでなく色も選択可能。


シャワー室の他に浴槽もあるのですが、


この中に入ろうとすると灯りが付き、床が温かくなるのです!
ホテルの前はショッピングセンターもあり、


その中にはKFCの文字が❣️
ここには3泊するのですが、
明日は、いよいよイタリアの試合。
KFC買って部屋の大画面でサッカー観るかな?

ちなみにポーランドはまさかのPK負け。
皆さん、意気消沈といった感じですshock

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2016年6月30日 (木)

さて、お楽しみのポーランド料理は…

首都だけあって、色々な国の料理が食べられるようですが、東洋系のレストランが少ないかなという印象。
もちろんポーランド料理が目的ですので良いのですが、日本人、中国人、韓国人観光客は見ましたが、住んでいる方は少なそうです。
でもありがたい事に英語を話せる人が多く、この辺が旧東ドイツの人達と違うところ。
話しによると、ポーランド人は外国語をマスターするのが早いそうです。
英語のメニューもあり、昨日の最後に写真に載っている一軒に入りました。

これは前菜の盛り合わせですが、タルタルステーキや、サーモン、レバーペースト、玉子料理など色々。これが800円くらいなんで、ビックリ!


ピエロギはポーランド風ギョウザ。中味が肉だったり、チーズだったりするそうです。


こちらは肉三種とライスと


付け合わせ野菜。
一つはポークピカタみたいでした。


こちらは鴨肉に焼きリンゴ、ジャガイモのソテー、ラズベリーソースと、フランス風のプレート。
この他にデザート、ビール2杯、アルコール入りサイダー2杯.水ガス入り、なし1本ずつで5000円しなかったんですよ!
4人でしたが、安いだけでなく美味しくて大満足でした。
今夜は欧州カップでポーランド対ポルトガル戦があります。
この結果で明日からの旅に影響が出そうです。
とにかく街では国旗があちこちで売ってます。

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2016年6月29日 (水)

ワルシャワは想像以上に大都会!

ワルシャワ、ショパン空港に着いて、バスで市内を観光。




大戦によって何度も破壊された街は、1955年に建てられたニュヨークのようなビルがあったり、




その側にはソビエト連邦がなくなり、ドイツ東西統一後に建設されたと思われる近代的な建物がいっぱい。


社会主義国家から一転した街は六本木より派手なハードロックカフェや、ショッピングセンターもあり、アテネやリスボンより豊かな首都という印象。
ポーランド人の凄いところは、ドイツ人やロシア人に支配され壊滅的な状態の街をこのようにした事。


それも一つ一つが壮大で、


図書館や、


モニュメントも大きく



この手前の人は地面に空いた穴から出るところという感じです。


戦後に出来た街並みは以前のワルシャワを再現したもの。それが世界遺産になるとは、負け続けても諦めずに復興していった彼らの勝利だと思います。

現在は多くの人が借家に住み、家賃は公団住宅並みの料金で、社会主義時代の雰囲気も残るようです。
今では自由もありますから、ここはかなり住みやすい国なのかも知れません。

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