人物

2016年11月 3日 (木)

大好きなMさんがわざわざ私に会いに来てくれました。

久しぶりにMさんから「パリに行くのでMISAさんに会いにミラノに行こうかしら?」と連絡がありました。
「その日は仕事が入っているので、1日ズレてたら2日間ご一緒できるのですが…」と、返事をして、中々連絡がないと思っていたら、
「その日に行けるように、パリから飛行機をチャーターしました。MISAさんに会えるのを楽しみにしてます!」と返事が来ました‼️
チャーター?
私のために?
個人で?
もう👀が・・
今まで私に会いにわざわざ来てくれた人はいっぱいいますが、ミラノ滞在2泊3日で飛行機をチャーターしてくれたのは、後にも先にも彼女だけです。
今回はご主人とパリ在住のSさんも一緒に来てくれました!
彼女は毛皮が大好きななので、DiorやFENDIの商品も作っている毛皮屋さんにお連れしました。


この店から望むDuomo広場です。
そして、最近、私のお気に入りのレストランへも!


海老一つ食べた後の写真で失礼します。coldsweats01

楽しい3日間でした‼️

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2014年1月28日 (火)

何年ぶりかに聞いた声は全く変わっていませんでした。

昨日、15年以上会っていなかった人と久しぶりに電話telephoneで話しをしました。

彼女と知り合ったのはこのミラノ。
ミラノにある語学学校に入ることが目的でヴィザを取り、私が入ったクラスのクラスメイトでした。
この学校はミラノでも学費が比較的高いため、クラスメイトも3人の外国人以外、ほとんどが日本企業の駐在員の奥様方でした。
彼女は商社マンのご主人と社内結婚をしてミラノに駐在員として住んでいたのですが、帰国してからは一度だけ連絡を取り合ったきり。
先日母と話しをしたときに、実家に彼女から電話があったと聞いて、東京に現在住んでいる事を知り、電話をしました。(どこか違う国に駐在していると思っていました〜。)
何年ぶりかに聞いた声は全く変わっていなくって、電話に彼女が出た瞬間、彼女の顔が浮かんできました。
本当に嬉しかったです。
私の事を忘れないでいてくれたこと、
どうしてるかなと思い出してくれた事、
そして実家に電話をくれたこと。
日本へ帰国してしまうと本当にそれっきりになってしまう人が多いので、折角出会った彼女との関係をこれからも大事にしたいです。
さて、明日からミラノは雪snowが降るとか。
これからスーパーに行って食料補給に行ってきます。

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2013年5月13日 (月)

追悼。オッターヴィオ・ミッソーニ

先週の木曜日、オッターヴィオ・ミッソーニ氏が亡くなりました。92歳でした。

今日、ヴァレーゼ近郊でお葬式が営まれるそうです。
最近、仕事でヴァレーゼに行く事があり、ミッソーニのニットを作る工場を見せていただいたばかりで身近に感じていたため、大変ビックリしました。
彼、個人に会ったのは、もう15年ぐらい前になると思うのですが、
きっかけは、『Scherzi a Parte』というイタリアのテレビ番組で、どっきりカメラのような番組に出演したときです。
ちなみに彼はだまされる人、私はだます人。
ドッキリの内容は、架空のテレビ番組のゲストとして彼を招き、私は外国からの中継リポーターの役。
イタリア語も英語も分からないふりをして、一方的に話し続けるという事でした。
常に穏やかで、最終的にドッキリだと分かっても、怒ることもなく、
何だそうだったのかと優しく、だました私たちにも、それぞれ声をかけてくれるような方でした。
私には何だイタリア語しゃべれるんだね。という感じで・・・
幾何学模様のニットで有名なMISSONIですが、彼のデザインする洋服は常にエレガントで、品が良く人柄がそのままブランドになった気がします。
昨年、彼の息子夫婦が乗っていた飛行機がヴェネズェラ湾沖で行方不明になり、未だ消息がつかめない状態で、さぞ心残りであったのではないかと、推察します。
心より、ご冥福をお祈り致します。

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2012年2月12日 (日)

ホイットニー・ヒューストンがいたから、今の私がある。

今朝のニュース、ホイットニーの死は私にとってかなり衝撃的でした。

今も彼女の曲を聴きながらこの記事を書いています。

時々涙がボロボロこぼれます。

ホイットニー・ヒューストンは私の大好きなシンガーの一人で、

彼女が来日したとき、武道館のコンサートにも行きました。

グランド・ピアノ一つで次々と一つの音程もはずすことなく、

歌い上げていく彼女には、他のアーティストと違った

真のシンガーとしての実力をまじまじと見せて頂いた気がします。

モデルをきっかけにイタリアの芸能界でお仕事を始めましたが、

やっぱり歌の仕事をしたかった私は、

当時イタリアで売っていた彼女のカラオケCDを

何枚も買って家で練習していました。

皆さんもご存知の通り、

私には彼女のような声量があるわけではありません。

ただ、彼女の歌を歌うには、ある程度の技術が必要で

それを歌うことができれば、注目を浴びれると信じていました。

当時、テレビの番組で私にくるオーディションは、

セクシーな服を着て、踊りが踊れる人を探しているようなバラエティばかり。

「踊りは踊れないけれど、歌は歌える。」と言っては

イタリアでも人気の映画「ボディー・ガード」のテーマ曲

「Always Love You」をアカペラで歌っていました。

当然、踊りのほうは散々なのでcoldsweats01

オーディションには殆ど落ちちゃうんですが、

(歌の仕事もたまに入りましたが)

その様子をテレビ局の音楽事業部のトップがたまたま見ていたんですね。

そのあとは、noteMISA CODEnoteのプロフィールに書いてあるとおりです。

ホイットニー・ヒューストン

彼女もモデルから、歌手、女優と活躍していくわけで

私も、それだけ若かったのか?

恥知らずだったのか?

所詮外国人がやっているという開き直りか?

彼女に少しでも近づけたら・・・と頑張れたものです。

私には足元にも及ばないどころか、かすりもしませんが、

「えっ、ホイットニーの歌が歌えるの?」

「聴いてみたい。」

といった感じで要求されていない歌を毎回最後まで、

当時のスタッフが聴いてくれたのは

イタリア人のノリの良さが大きな助けになっていたのは間違いないですが、

彼女のネームバリューと才能、楽曲がなくては、

・・・と思っています。

とにかく、

彼女のおかげで、歌手としてお仕事がもらえるようになったのは事実で、

ホイットニーと「BANZAI」はこのようにつながったのでした。

また私たちは素晴らしい偉大なアーティストを一人失ってしまったのですね。

ご冥福を心からお祈りします。

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2012年2月 5日 (日)

雪かきと親切なペルー人。

私が住むアパルトマンの前の通りが駐車場スペースにもなっているので、

マイカーは屋根のないところに駐車していました。

水、木曜と、雪snowが降り、金曜日に車に乗ろうと思ったら、

15cmほどの雪が覆っていましたhappy02

早めに使用を断念し、バスbusで移動しました。

人間諦めが肝心ですから!

が、しかし・・・

土曜日の移動は車carが必要だったので、

家からペットボトルにお湯を詰めて4リットル用意。

ある程度、雪を落としてからフロントガラスにかけました。

でも凍りついていて、全部融けません!!!

空になってしまったペットボトルでごしごししても取れないcoldsweats02

そんなことをし始めてから20分clock

突然、30代ぐらいの男の人に

「これを使いなさい。」と

プラスチック製で片面がギザギザのフライ返しみたいな物を貸してくれました。

その人は私の車が停めてある前のコインランドリーに来ていた人でした。

それを使い始めたら見る見る氷がはがれていきます。

楽しくなるぐらい汚れと一緒に雪が落ちる。

おかげさまで凍り付いていたワイパーも動くようになり、

彼には感謝感激ですhappy01

ボンネットに残っていた雪snowで綺麗に洗い、ティッシュで拭いてお返ししたとき、

出身を聞いて見るとペルーだとか。

御礼をして、握手をして別れました。

それにしても、こんな優れものがあるとは・・・

明日早速探しに行かないと。

でもどこで買えるんだ???

日本ならオートバックスだろうけど・・・

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2012年1月28日 (土)

ロメオ・ジリ氏から聞いたある日本人男性

ロメオ氏は、ミラノにある某ファッションスクールで15日~20日に一回ほど、

講義を1時間ぐらいすることになったそうです。

先日、第1回目の講義をして来たときのこと。

通常定員15人ほどの教室が、倍近くになり、特に大勢の外国人が集まってきたそうです。

講義はこれにより英語で、ファッションショーについて、

デザインはもちろん音楽、照明など細かく説明されたそうです。

講義が終わったあと、日本人の学生が、

「どうしても、言いたいことがあるので言わせてください。

僕は4年間、学校でファッションについて勉強しましたが、

今日の講義はそれ以上に意味のあるものでした。」

と言ったんだと、私にうれしそうに話してくれました。

私は未だにロメオに会うと緊張します。thunder

知り合ってから何年も経つのに、彼が放つオーラが凄いのです。

今、トリノでMODA(ファッション)の展覧会をしていて、

彼の服も飾られています。

そういうのを目にする度、凄い人と仕事させてもらっているんだなぁと

思い返すのです。

確かに彼と仕事をすることで私も多くのことを毎回学ばせてもらっています。

このMODA学校には、ミラ・ショーンも関わっている有名な学校です。

この日本人男性の度胸というか、思ったことを口に出せる度量というか

日本人も変わったなぁというのが、第一印象でした。

是非是非、この彼には成功して欲しいなと思います!

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2011年12月29日 (木)

私には、これが最高の福袋です。

昨日、トスカーナに住む友人から荷物が届きました。

ふたを開けてみると、

Photo

福袋のように色々入っていました。(これが全部ではありません)

彼女は大事な用で、日本に帰っていたのですが、

短い時間の中で、私のために色々と買い物をしてくれて

送ってくれたのです。

同じイタリアに住んでいるからこそ、

何を送れば私が喜ぶか分かっているんですよね。

彼女はアメリカ育ちだからか、日本食には私ほど執着していません。

それなのに、「ソフトちりめん高菜」を選んで買うなんて驚きです。

それに正月を前に、しかも丸いお餅が入っていたのは感動です。

彼女は福岡出身で、丸いお餅を頂くのだそうです。

四角いお餅ばかり食べていた私は

何か角が取れて丸くなれるような気がしますwink

彼女のおかげでよいお正月が迎えられそうです!

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2011年4月 5日 (火)

ミラノに住む仙台出身の友人も偶然被災していました

地震発生後、直ぐ日本に帰国したのかと思っていたら、たまたま仙台の実家に戻っているときに、被災したそうです。

彼女は色々な意味で余裕があるというか、とても面倒見が良く、人の為に動いてばかりいるような人です。

友人が経営するレストランで軌道にのるまでと無償で働いていたり、

私がロメオ・ジリの専属モデルになったきっかけを作ってくれたのも、彼女でした。

そんな彼女は3月11日にご両親と、仙台にいてあの地震を体験したそうです。

普段遠くにいる娘がたまたま日本に帰っていて、側にいてくれたことは、元もと二人暮らしだったご両親にとってどんなに心強かったことでしょう。

被害は比較的小さなもので恵まれた部類に入る方だとのことですが、彼女がご両親の代わりにお水の配給に並んだり、少ない物資を調達したりしていたそうです。

こんな親孝行なことってないですよねぇ。

だいたい、たまたまいるような時期ではないと思うんですね。

彼女には子供がいますから、日本に帰るとしたら、年末年始とか夏休みとかだったりすると思うんです。(ただ今回は単身で日本に行かれたそうですが・・・)

もともと誰かの為に動いているような人だから、神様がそうさせたのかなと思いましたし、

自分と彼女を重ねて色々な事を考えてしまいました。

このミラノに来ると決めたのは私ですから、当然、親が必要なときに飛んでいける距離ではないことは、百も承知です。

ただ、彼女の友人などは同じ仙台に住んでいても、両親に会いに行けたのは4,5日あとだということですから、距離じゃないのかも知れないとも思えた次第です。

実際に、被災者の生の声を聞いたのは初めてですが、本当に心のケアも必要ですね。

凄い体験をした上に、色々困難なことに立ち向かって行くには並大抵のことではないと思います。

本当にみんなで応援していかないといけません。

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2010年11月15日 (月)

7年ぶりに会ったM子さんは、やっぱりただ者ではなかった!

彼女と知り合ったのは15年近く前になると思います。

とにかく綺麗shineで、可愛くheart01て、上品cherryblossomで、優しくcloverて、勉強家bookで、気さくなrun人。

そんな彼女が7年ぶりにミラノに来ました。

私の日本で使っていた携帯mobilephoneは、その間にJ-PHONE、VODAFONEと変わってしまい、SOFTBANKにまた変わると言われて、面倒になり破棄してしまいました。

ミラノの家も引っ越してしまったし、こちらで使用していた携帯も3回ぐらい番号が変わっているため、よっぽど密に連絡を取っている人でない限り、私と連絡を取るのは難しくなってしまったのです。

そんな彼女が知り合いの知り合いを通して、何とか私を捜し当ててくれ、連絡を取ってくれました。ミラノに行ったら是非会いたいと・・・

いやぁ、とても嬉しかったですね。

HOTELで会ったときは、思わず抱きしめてしまいましたよ。

本当に大好きな女性なのでheart02

彼女の愛娘のMY子ちゃんは私が知り合ったときはまだ高校生で、最近そのMY子ちゃんが結婚したと写真をI PHONEで見せてもらいました。

驚いたことに、写真で挨拶しているのは、あの長嶋監督baseball

司会をしているのは俳優の中○貴○さんと私が毎日見ている「ニュースウォッチ9」のアンカーをしている女性。まるで紅白歌合戦のような豪華さです。

この女性は青山さんと言って監督お気に入りのアナウンサーだとか・・・

もともとM子さんは、港区の一等地にご自宅があるのですが、初めてお家へお邪魔したときも、何度も何度もビックリさせられました。

駐車場の横にある裏玄関に黒い人影shadowがあって

「キャーァ!」

と思わず声をだしてしまったのですが、24時間体制でいる警備員さんだと言うし、家の中に入ればエレベーターがあって、「老後のためにね。」と、笑いながら恥ずかしそうにおっしゃる!

何しろ本当に気さくな女性なのでついつい忘れてしまうのですが、今回写真を見せてもらって、

やはりただ者ではなかった

と改めて思った次第です。

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2010年4月26日 (月)

楽しかった若田宇宙飛行士の講演。

昨日、4ヶ月以上も宇宙に滞在された若田宇宙飛行士がミラノにいらっしゃいました。

一月以上前に彼の講演があることを知り、楽しみにしていましたが、当日朝までどうなるか分からない状態でした。

何しろ前日はモスクワairplane、翌日はシヤトルairplaneといったハードスケジュールの中、アイスランドの噴火状況次第では突然の変更もあるわけで・・・

彼がミラノに到着されるまで準備に関わっていた方も大変だったと思います。

会場は日本人学校の体育館だったのですが500人以上の人が詰めかけ椅子が足りなくなったほどです。

講演は想像通り興味深いもので、映像を見ながら非常に分かりやすい説明でした。

その1

若田氏「宇宙ステーションは時速28,000kmで飛んでいて・・・」

会場「ほーっ。」

若田氏「地球の周りを1日16回も回り・・・」

会場「へーっ。」

若田氏「朝sunと夜nightが45分おきにやってきます。」

会場「爆笑」

その2

尿を再生して水を作る話になったとき

若田氏「昨日飲んだコーヒーは明日のコーヒー」

と終始こんな感じで、お話が面白い上に、用意された映像がすばらしい!

宇宙ステーションから見た地球にはオーロラが映っていたり、地球の夜景も見せていただきました。

映像を見ていて会場が大爆笑だったのは、若田さんが一人で野球をしていた姿でしょうか?

解説しますと [自分で投げて、急いで泳いで?ボールに追いつき、バットで打つ。]といった感じです。 

講演が終わったときには会場全員の心をつかんでいたと思います。

私もすっかりファンになってしまいました。

何しろ昨夜は興奮して?あまり眠れなかったぐらいですから。(笑)

本当に楽しかったぁ!

今回この講演を企画運営して下さった在イタリア商工会議所と北イタリア日本人会の方々に感謝します。そして若田さん、楽しいお話と夢をありがとうございました!

追伸

撮影禁止でしたので写真なしですみません。文字だけででも様子が伝われば幸いです。

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