心と体

2017年3月 6日 (月)

パレルモ人はひと味違う優しさ!

イタリア人は基本的に他人に優しいのですが、パレルモ人はひと味違います。
例えば、バス停で行き先は何処かと確認していると、年配の女性が何処へ行きたいのと声をかけてくれたり、
歩き疲れたので、ホテルで夕食を取りたいがパスタが食べられないから、セットメニューが食べられない!
そうしたら、パスタを食べない代わりにワインを🍷代わりに出してくれたり、翌日はグルテンフリーのパスタを用意してくれたり!
土日は、ホテルのレストランは夜やっていないからと、私の大好きなウニのパスタをグルテンフリーで出してくれるところを探してくれたり‼️



おかげ様でこんな生うにがいっぱい入ったパスタを食べることが出来ました❣️


前菜の盛り合わせのうち3つはパン粉や小麦粉が使われていたので食べられませんでしたが、イワシのマリネはほぼ生で、新鮮さがよく分かります。


魚介類のスープもこんな可愛い器に入って出て来て、最後にレジでお金を払ったら(あまりにも忙しそうだったんで)ピスタチオの食後酒をサービスしてくれました!

グルテンフリーのパスタは米粉とトウモロコシで出来ていて、若干甘く普通のパスタのように全てのソースに合うわけではありません。
この日は、一番のお客だったし、私しかパスタを頼んでいないので良かったですが、そうでなければ鍋も変えないといけないので普通は嫌がります。
ホテルから電話してもらったときは、予約の時間を言う前にOKしてくれたので、本当にありがたい限りです‼️
と、パレルモの旅は幸せに終わりました。

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2016年7月10日 (日)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。後編



あまりに残酷過ぎる仕打ち。
このようなものを必要とする人たちからこれらを奪い、当然のように彼等の運命はその場で決まってしまったことが、現在の私たちにはわかってしまう…
涙が止まらなくなっただけではなく、更に追い打ちをかけるような部屋がありました。
撮影禁止でしたが、撮りたいとも思えない部屋。
それは彼等の毛髪の山です。
多少なりとも金髪が混じっていましたが、その利用法は
その先に大きなロールになって現れます。
何と人間の髪で作られた生地です。

こちらの写真は私が撮れる状況ではなかったので、日本語のパンフレットより撮影したものです。

外に出ると、銃殺された人たちが並ばされた塀や



焼却炉がありました。


事実として知っていても、自分の目で見て、ガイドさんの説明を聞いて、新たに多くの事を考えさせられました。
今回、私はイタリア語で説明を受けましたが、英語が読めない方は日本語のガイドさんの説明を聞いて回るか、ここにだけは日本語のパンフレットやガイドブックがおいてあるので、それを購入してから見学されることをお勧めします。
二度と起きてはいけない事ではありますが、これと同じように未だ基本的人権が守られていない国や地域があることが本当に残念でなりません。

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2016年7月 8日 (金)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。前編

私たちにとって、オシフィエンチムと言われてもピンと来ないかもしれませんが、ここが多くのユダヤ人、反政府人とみなされたポーランド人、同性愛者、ジプシーなど様々な人が虐殺された場所です。
アウシュビッツとはドイツ語でナチスが付けた名前とかで、現地の人にとってはオシフィエンチムが第2次世界大戦当時、一番残虐な行為が行なわれた場所で、その地区をこう呼ぶのだそうです。どうりで道路標識には出てきません。
ポーランド人はこの悲惨な出来事をあまり思い出したくないとかで、アウシュビッツという文字標識が現れるのも、民家を通り過ぎてからです。


この線路は私が住むミラノの中央駅にも繋がっていて8000人近くの人がここまで運ばれたと言われていますが、実際、こちらではdestination from Milanということは何処にも書かれていませんでした…

「働けば自由になる」で有名なこの入り口の文字も逆光だったので裏から撮りました。


ガス室に使われたガスがこのようなものだったとは、今の今まで知りませんでした。


証拠隠滅のため、様々なものを処分してからナチスも逃げたということですが、それでも使用済みの缶がこんなに


ここへ電車で到着し、すぐにシャワーを浴びてもらうから、荷物には無くならないよう名前を書いておけと安心させ…


持ち物で再利用できると残されたもの






ニベアクリームや、イタリアで全国展開している靴屋BATAのクリームもありました。
でも、涙が止まらなくなってしまったものがこのあと出てきます。
それは…

続く。

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2016年7月 5日 (火)

クラコフ、二つの顔。(後編)

ナチスはユダヤ人が隔離しやすいところにゲットーを作りました。


これは戦前のクラコフ。
地図上でいう川の右上部分が選ばれたようです。
それは川があることによって逃げにくかったこと、反対側は丘なので監視しやすいことが好条件だった…
ちなみに左上部分にシンドラーの工場を作ったそうです。

これはゲットーの壁の一部。
お墓をイメージした作りで、何とも酷いお話。
ユダヤ人地区に当時あったシナゴーグは現在、本屋さんになっていましたが、


何故ナチスは壊さなかったのでしょう?
その答えは墓地に行って分かりました。


この墓地も破壊されず残っているのです。
この理由が凄い。


これを見ると分かりやすいかと思うのですが、ナチスはこれらをゴミだと思ったのだとか…
お墓には花を供える人にとって、石を供える習慣があるとは、思わなかったのですね。
その横にシナゴーグがあったので、見学させていただきました。
イスタンブールのモスクでは、靴を脱ぎショールを頭に巻きましたが、ここでは帽子をかぶっていない男性は
少年でもキッパを配られ、頭にかぶってから入ります。



中は全体的にこんな感じです。



以前はゲットーを、唯一通り抜ける路面電車に乗るポーランド人には見張りがいて、ここを通る間だけ窓の外を眺めることを禁じていたそうですが、



今ではダビデの星があちらこちらで輝いていました。





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2016年6月28日 (火)

ポーランドへ行く前に

明日からポーランドに行きます。
ワルシャワとクラコフに宿泊し、第一の目的はダヴィンチの「白テンを抱く夫人」を観ること、そしてアウシュビッツに行くことです。
実際に、多くのユダヤ人を働かせることで1100人くらいの人達を助けることになったチェコ生まれのドイツ人シンドラーの工場も見学するので、その前に映画を観ておきました。


もう一つは「戦場のピアニスト」



どちらもイタリア版で観たため、ノーカットで悲惨な映像もぼかしなし。
これが現実に起きたのかと思うと、…

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2016年6月 8日 (水)

久しぶりにコモ湖に行ってみたら

雨が続いたせいか、水かさが増しあと少しで広場まで届く勢いです。
そんな湖畔に白鳥が巣を作り、卵を温めていました。


人が近づけないようにというより、白鳥を邪魔しないように柵が設けられ、エサを与えないようにとの張り紙もありました。


久しぶりに来たコモ湖はとってものどかでした。

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2016年4月30日 (土)

まだまだこれからという人の相次ぐ訃報に…

久しぶりに姉と話をして、マエケンさんの訃報を知りました。
私にとってのマエケンさんとは、野球で大活躍されている方のマエケンさんではなく、歌って踊れるエンターテナーのマエケンさんの方です。
私のデビュー曲BANZAIは海外も含めて何人かの方にカバーして歌っていただきましたが、その中でブームを起こし、日本レコード大賞の特別賞を受賞されたのは彼だけです。
レコードで言えば確かA面はBANZAI入りのメドレー、B面がBANZAIだったんですよね。
わざわざイタリアまで送っていただき、PVを見たときは、衝撃を受けたことを考え覚えています。
今回、イタリアの私が所属する空手道を通して熊本の方にメッセージと義援金を送ることになり、メッセージの方にはBANZAIの歌詞からとって、メッセージボードに書いたのですが、彼の訃報を聞いて、
《雨が降った後には必ず陽が差し込むように、
君の流す涙も太陽のように晴れる
1,2,3,4,5,6前進するのが大事よ。
みんなで陽気に暮らそう 》
という歌詞は命を失った方々には何も意味がない、遺族の方には取り方によっては失礼にあたるのではないかと不安になり、私の分を急遽削除してもらいました。
師範は私のメッセージを気に入ってくださっていたようですが、タイトルをメッセージには書いてないとしてもこのタイミングではないかなと判断しました。
被災者の方々の中には、私の姪ッ子もいます。
2年前に長姉と一緒に来て2週間近く一緒にミラノで過ごしました。
遠くにいる私は、少しでも元気に1日も早く熊本の復興を願って、与えられた1日1日を大切に生きて行こうと歌ったイチニチのCDを私からのメッセージとして送りたいと思います。



そしてマエケンさんと今回の地震で亡くなられた方のご冥福をお祈りします!

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2016年2月21日 (日)

お互いが同じ思いでないと実現しないこと。

先日、懐かしい友人に会いました。
10年以上前にミラノに住み、家業を継ぐ為に日本に帰国した子です。
ミラノに住む共通の友人を通して連絡くれました😭
仕事でミラノに来たようですが、
日本に帰国して、またミラノに来ても忙しい事もありましょう。連絡をスルーされることもあります。
私が会いたいと思っても相手が同じ思いでないと😂
早速翌日ランチを一緒にすることになり、私の仕事が終わる場所の近くにおススメのイタリアンがあるので、早速電話!
が、しかし電話にでない❗️
小さいながらも人気のレストランだったのでつぶれることはないだろうと思いながら、待ち合わせ前に行ってみたら、閉まっている🙀
結局、イタリアンじゃなく、その前にあったレストランへ。




10€のトムヤムクンランチ。
そう、タイレストランに入ったのですsweat01
美味しかったし、安かったので良かったのですが、せっかくイタリアに来たのに、ごめんね〜
でも会えて嬉しかった!本当に楽しかった!
お土産までもらったのですが、これがまた嬉しい!


抹茶は、ジェラートやケーキなどに混ぜて出すとイタリア人にも日本人にも喜ばれ、丁度無くなっていたのでありがたい。
抹茶もそうだけど昔話しに花が咲き、楽しい時間を本当にありがとう❗️

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2015年10月28日 (水)

この心遣い、感動します。

友人のTさん、今、お父様が大変な時で長いこと日本に帰っていたのですが、容態が少し落ち着かれたようで、色々と片付けに、10日間ほどミラノに戻ってきました。
そんな状態でも渡したいものがあると!
今、本当に忙しいのでランチだけでもと思ったのですが、彼女も忙しい…
午後が空いている唯一の日は、美容院を予約していたのですが、わざわざそこまで持ってきてくれましたweep
彼女の自宅から、歩いてこれるとはいえ、今の彼女には、色々な意味で余裕がないと思うんですね。
それでもわざわざ東京駅に行って、買ってきてくれてミラノまで持ってきてくれた…
これが感動せずにいられるでしょうか?



彼女の真実、大切に味わいたいと思います❗️

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2015年3月 1日 (日)

誕生日はいくつになっても嬉しいものです。

今年は思いがけない人からのメールが届いたりで、幸せな気持ちにしていただきました。

誕生日ケーキは毎年、私のために作ってくれる人がいるので、それをいただきました。
Birthday_cake
プレゼントの方も、もうみんな私をわかっていらっしゃる〜というものばかりで、
かわいいバッグの中にカラスミが入っていたり、Birthday_present
こんなに色々いただきました。
この手前のは干し鱈ですよ!
リスボンで食べたバカラを作ってみようかな〜
Birthday_2
大好きなproseccoも2本あって、相変わらず色気より食い気が私のイメージでしょうか?
私から私へのプレゼントはバーバリーのレインコートです。
また機会にお見せします。
 

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