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2016年7月

2016年7月30日 (土)

まさかの大塚美術館!

世界の名作のコピーが集まる美術館。
これだけでは大して期待は出来ません。
絵画のコピーはマドリッドのプラド美術館にも沢山ありましたし、「この作品のオリジナルはナポレオンによって持ち去られ、現在ルーブルにあり、こちらはコピーです。」
と何度説明したことか…
そんな中でも、ここにある作品はコピーと一言では片付けられるような代物ではないのです。


これだけを見ると、日本にいながらフェルメールがタイルになって観られるんだという感想。



パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂はせっかく行ったのに見られなかったし、


ミケランジェロの最後の審判や天地創造は現在、短時間しかいられない上に遠くてよく分からない。
ここは2階からも見られるため、
本物を見るより、ゆっくり物語りを辿ることが出来ます。


特に感動したのはポンペイのこれ。
私が行った時はかなり前でこの作品に近づく事が出来たのですが、修復後、ここは暗い部屋で近くにも寄れません。
せっかく綺麗にしたのに中途半端な公開。
更にこんな写真は絶対撮れません!

ただ本物はその作品の裏に政治、歴史など色々な背景があり、さすがにこちらの方が良いとは言いません。
でもこのような形で原寸大の作品を残している大塚製薬には頭が下がります。


最後の晩餐はこの作品の前に


修復前のこちらが飾られています。
現在、晩餐の説明で私が話しているこの2枚を同時に見られるのは、最後の修復で分かった真実をはっきり見ることができるのです❗️
中には多少、本物に比べるとと思うのはありましたが、
ここで見た作品のオリジナルを是非観て見たいなって思った作品もありましたから、遠くまでレンタカーを借りてまで行ってきて良かったです。

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2016年7月29日 (金)

ホエールウォッチングに挑戦。

日本でもホエールウォッチングが出来ると聞いて、早速高知県までやって来ました!



ここからスタートして、いきなり猛スピードで走って行くので、酔い止めを飲めとはこういうことを意味するのかとすぐに納得!


30分程でこの大海原にやって来たわけです。

何しろ4.5時間も船にいるので


だんだんだらけて来て、気が付いたらなんか真っ黒!

これでもか!という程、トビウオを見ましたが、イルカやクジラは?


これだけ…
時間が来たので、沖に戻りましたが、姉達家族が一緒だったんでまぁ楽しかったです。

何しろ海は私の苦手な草木がないのでアレルギー知らずですから!

高知へわざわざ来たので、カツオを食べて帰りました!
塩で食べるカツオ。
とても美味しかったです。

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2016年7月28日 (木)

瀬戸大橋を渡り四国へ

四国も10年近く前に愛媛を訪れた時以来ですが、その時は電車だったのでこのように橋をジックリ見れませんでした。


何しろ通り過ぎただけだっんで!


車で行くと道の駅とかあって面白いんですね〜
中国、四国限定のじゃがりこ何かも買ってみました。
丸亀を拠点に明日は高知へ向かいます。

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出雲大社とポケモンGO!



いきなりこの看板が目に入ってビックリしましたが、ニュースで見るだけではなく、現実にこういうのを見ると本当にポケモンGOの人気が伝わりますね。
厳かな雰囲気にはそぐわないのかもしれないけれど、ポケモンが出る雰囲気は正直あります。
このような素晴らしい場所に多くの人が集まるということは良いかもしれません。


やっぱり見なきゃ損するってな感じですもの。


だんだん近づくと圧倒されますよ。


真下に行くと
私の顔の10倍くらいあるかな?



丁度結婚式もしていて、白無垢が本当に美しかったです。



暑いのに、笑顔が素敵だったカップルに乾杯🍷

帰りは出雲そば食べました!


私は天ぷら付き



蕎麦はもちろん、揚げたての天ぷら、蕎麦湯での〆
どれも最高でした!

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2016年7月26日 (火)

海に浮かぶ鳥居を見られました

ここ、厳島神社へ来たのは10年近く前で、その時はプリンスホテルに泊まり、ホテルから出ているプライベートボートに乗って行きました。
何も考えずにいたためただ浜辺に建つ鳥居で終わってしまったのです。


厳島、あ〜厳島、厳島
ってな感じで、本当に美しかったです。


10年前に食べた牡蠣が忘れられず、また同じところで食べました!
相変わらず、身が大きくて美味しかったです。
焼き牡蠣はイタリアでは食べれませんからね。醤油とたっぷりのレモンで食べるこちらは絶品です❣️

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2016年7月25日 (月)

2年ぶりの日本満喫の旅はここから始まりました。

今回の旅は姉たちと一緒に呉の大和博物館から始まりました。


戦艦大和だけでなく、日本の歴史についても触れているので、月初めにポーランドで見たヨーロッパ側との歴史と重ねることができ、タイミングの良い(私の記憶に残っているうちでcoldsweats01)訪問だったと思います。


大和の模型を見ても当時の日本の技術の高さが分かると共に、この何倍もする大きなものが海に沈んで行ったとは、何とも…



船内にはオーケストラもいたんですね。
一瞬、タイタニック号が頭に浮かびました。


イタリアでは今でも時々このようなレトロな3輪車を見ることができますが、こんなにしっかりした作りじゃありません。




さすがマツダ!
その後、コンクリートで作った船の名残があるというのでそちらに車で移動。


本当だ!
良く見ると船です。
甥っ子に言わせると頑丈な船をという試みで作られたとか!
確かにダミーでこれを完成させていたら、敵は必死で壊そうとしたかも…

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2016年7月16日 (土)

日本帰国、最初の外食は



帯広から会いに来てくれた友人とランチ!
北海道の人とはさすがに寿司屋は申し訳ないので、山形牛三種盛りのセットです。


小部屋に通してもらい、自分で焼いて食べれるのがいいですね。
お値段は2200円。
この美味しさとサービスなら安いかな?と思いました。
日本に帰ったら、お寿司と和牛は絶対食べると決めてたので、とりあえず一つクリアです❣️
ちなみにこちらは「牛衛」大宮店です。
新宿だったらミロードにもあるみたいです。

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2016年7月12日 (火)

ポーランドで気に入った料理の数々

一番美味しかったのはクラコフの中心部にある広場にあったやはりこのレストランで食べたこちら

見た目良し、味良し。


サーモンやアボカド、マグロ、パッションフルーツなど、期待通りです。


ロブスターは甘くて、身がしっかり詰まっていて、値段もイタリアや日本より断然安い!


お肉も負けじと美味しくて、ここが一番印象に残っていますが、
クラコフのホテルもバラエティに富んだ朝食







だけではなくランチも


風変わりな焼きうどんに魅了されました!

旅の締めくくりは街のレストランでサワースープにしたのですが


まだ飲んでいなかったウォッカと一緒に
ポーランドを満喫しました!
万博で初めて食べ大好きになったポーランド料理。
日本にその後すぐ帰ったので、スモークサラミやソーセージを持ち帰りましたが、ドイツに負けてない美味しさです。

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2016年7月10日 (日)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。後編



あまりに残酷過ぎる仕打ち。
このようなものを必要とする人たちからこれらを奪い、当然のように彼等の運命はその場で決まってしまったことが、現在の私たちにはわかってしまう…
涙が止まらなくなっただけではなく、更に追い打ちをかけるような部屋がありました。
撮影禁止でしたが、撮りたいとも思えない部屋。
それは彼等の毛髪の山です。
多少なりとも金髪が混じっていましたが、その利用法は
その先に大きなロールになって現れます。
何と人間の髪で作られた生地です。

こちらの写真は私が撮れる状況ではなかったので、日本語のパンフレットより撮影したものです。

外に出ると、銃殺された人たちが並ばされた塀や



焼却炉がありました。


事実として知っていても、自分の目で見て、ガイドさんの説明を聞いて、新たに多くの事を考えさせられました。
今回、私はイタリア語で説明を受けましたが、英語が読めない方は日本語のガイドさんの説明を聞いて回るか、ここにだけは日本語のパンフレットやガイドブックがおいてあるので、それを購入してから見学されることをお勧めします。
二度と起きてはいけない事ではありますが、これと同じように未だ基本的人権が守られていない国や地域があることが本当に残念でなりません。

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2016年7月 8日 (金)

ポーランド旅行で忘れてはならない場所、オシフィエンチム=アウシュビッツ。前編

私たちにとって、オシフィエンチムと言われてもピンと来ないかもしれませんが、ここが多くのユダヤ人、反政府人とみなされたポーランド人、同性愛者、ジプシーなど様々な人が虐殺された場所です。
アウシュビッツとはドイツ語でナチスが付けた名前とかで、現地の人にとってはオシフィエンチムが第2次世界大戦当時、一番残虐な行為が行なわれた場所で、その地区をこう呼ぶのだそうです。どうりで道路標識には出てきません。
ポーランド人はこの悲惨な出来事をあまり思い出したくないとかで、アウシュビッツという文字標識が現れるのも、民家を通り過ぎてからです。


この線路は私が住むミラノの中央駅にも繋がっていて8000人近くの人がここまで運ばれたと言われていますが、実際、こちらではdestination from Milanということは何処にも書かれていませんでした…

「働けば自由になる」で有名なこの入り口の文字も逆光だったので裏から撮りました。


ガス室に使われたガスがこのようなものだったとは、今の今まで知りませんでした。


証拠隠滅のため、様々なものを処分してからナチスも逃げたということですが、それでも使用済みの缶がこんなに


ここへ電車で到着し、すぐにシャワーを浴びてもらうから、荷物には無くならないよう名前を書いておけと安心させ…


持ち物で再利用できると残されたもの






ニベアクリームや、イタリアで全国展開している靴屋BATAのクリームもありました。
でも、涙が止まらなくなってしまったものがこのあと出てきます。
それは…

続く。

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2016年7月 6日 (水)

ヴィエリチカ岩塩坑はなるほど世界遺産!

クラコフからさほど遠くないところにこの塩坑があり、


中に入ってひたすら階段を下りるのですが、1600年代から約300年近く続いた世界で初めて登録された世界遺産の一つだそうです。
現在は、これ以上掘り続けると危険なため、私のような観光客や結婚式、パーティまで楽しめる場となっています。


このように以前はポーランド全体の3割を占める収益があったということで白い金とか言われていたこの場所も


塩で作った像で当時の様子を表現したりしています。



この写真は床をフラッシュ撮影したものですが、見えますか?
お塩ですょー
手で触って舐めて良いですよとガイドさんに言われたのですが、私はdown
みんな塩の味がするって言ってました!
って、当たり前か〜
圧巻だったのはこの部屋で


シャンデリアまで塩でできていて、
更に


最後の晩餐や


今やポーランドの英雄的存在のパオロ2世まで塩!


神秘的な湖ではショパンの別れの曲が流れ、


丸太がこんなに積まれた脚組みとかは壮大で、ここは断然おススメの世界遺産です❣️

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2016年7月 5日 (火)

クラコフ、二つの顔。(後編)

ナチスはユダヤ人が隔離しやすいところにゲットーを作りました。


これは戦前のクラコフ。
地図上でいう川の右上部分が選ばれたようです。
それは川があることによって逃げにくかったこと、反対側は丘なので監視しやすいことが好条件だった…
ちなみに左上部分にシンドラーの工場を作ったそうです。

これはゲットーの壁の一部。
お墓をイメージした作りで、何とも酷いお話。
ユダヤ人地区に当時あったシナゴーグは現在、本屋さんになっていましたが、


何故ナチスは壊さなかったのでしょう?
その答えは墓地に行って分かりました。


この墓地も破壊されず残っているのです。
この理由が凄い。


これを見ると分かりやすいかと思うのですが、ナチスはこれらをゴミだと思ったのだとか…
お墓には花を供える人にとって、石を供える習慣があるとは、思わなかったのですね。
その横にシナゴーグがあったので、見学させていただきました。
イスタンブールのモスクでは、靴を脱ぎショールを頭に巻きましたが、ここでは帽子をかぶっていない男性は
少年でもキッパを配られ、頭にかぶってから入ります。



中は全体的にこんな感じです。



以前はゲットーを、唯一通り抜ける路面電車に乗るポーランド人には見張りがいて、ここを通る間だけ窓の外を眺めることを禁じていたそうですが、



今ではダビデの星があちらこちらで輝いていました。





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2016年7月 4日 (月)

クラコフ、二つの顔。前編

クラコフの街は以前ポーランドの首都であり、旧市街は世界遺産ということでとにかく美しいです。


旧市街入り口にはかつて要塞だったであろうという大きな建物や


門をくぐるとこのような街並みが見え、
その先のメイン広場には教会が


門と言っても振り返ればそれは大そう美しく、



旧市街は四方八方緑に囲まれ、なるほど世界遺産という感じでした。

一方、ユダヤ人が多く住んでいた地区では、


市場も殺伐として、戦前の建物も


当時のまま。
このあたりは、スピルバーグの映画にそのまま使われ、
「シンドラーのリスト」に出てきた、後に殺害された赤いコートのユダヤ人少女は


映画の中でこの階段を上って行きました。
このユダヤ人地区に住んでいた人たちは、


この広場で選別され、


ゲットー(ユダヤ人を隔離する場所)に入れられ、働けるかどうか人々の運命が決まった場所で、




この薬局は現在ミュージアムになっていますが、ポーランド人経営でユダヤ人が唯一ゲットーの外とつながる術があった場所。
売れたのはほとんど子供に飲ませるための睡眠薬と髪染めだったとか、

白髪のある人は少しでも若く見せ、自分はまだまだ働けるのだとアピールするためだったそうです。

つづく

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2016年7月 2日 (土)

やっと出会えたチェチーリア・ガッレラーニ

ミラノのブレラ美術館にやってきたときは観ることができず、ここへは彼女に会いに来たようなものです。
いつも所蔵されている美術館が改装中のため、現在はお城の中にありました。


レオナルドはこの作品をミラノのスフォルツェスコ城内で描いたと言われているので、場所は違っても彼女とお城はよく似合う!


このお城の水はけはクラコフの象徴でもあるドラゴン。
そしてありましたミラノのVisconti-Sforzaの紋章が!


Bona Sforzaはここに嫁ぎ、その叔父が愛した女性がここにいるなんて、何という偶然!


そのチェチーリアはこの中にいます。


写真撮影は禁止なので


ポスターで失礼します。
「白テンを抱く婦人」と言っても彼女は確か17歳くらい。
彼女の服の柄はミラノ場内アッセの間と同じです!
いくら婦人のように着飾っても彼女の手の美しさは若さの象徴。
色々込みあげてくるものがありました!

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2016年7月 1日 (金)

クラコフのホテルは何ともハイテク!

ワルシャワは旧ソ連、
旧ドイツ下にあったチェンストホバ


にある(福音書を書いたルカが描いたと言われる聖母子が目的)
を経由して、オーストリア下にあったクラコフへやって来ました。
このように比べてみても、クラコフの人達が一番不安な生活を強いられずに済んだのではと思われるほど街並みが違います。
そんなことを思いながら、クラコフに着き、チェックインしてみると、
たまたまかも知れませんが、ホテルもこんなハイテクなのは初めてなのです。
鍵をかざさないとエレベーターのボタンが押せない!
部屋は全て左下に写っているタブレットで操作!


ブラインドも


テレビは44インチが寝室とソファの前と2台あり、


部屋の中の灯りも明るさだけでなく色も選択可能。


シャワー室の他に浴槽もあるのですが、


この中に入ろうとすると灯りが付き、床が温かくなるのです!
ホテルの前はショッピングセンターもあり、


その中にはKFCの文字が❣️
ここには3泊するのですが、
明日は、いよいよイタリアの試合。
KFC買って部屋の大画面でサッカー観るかな?

ちなみにポーランドはまさかのPK負け。
皆さん、意気消沈といった感じですshock

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